ちいさなあいだ

好きなものを好きなだけ。主に観劇

『黒百合』、''黒百合''を見つけられるか

 

2月に世田谷パブリックシアターで上演されている『黒百合』、2/12と2/17〜2/19の4公演を観劇しました。

そもそも私は世田谷パブリックシアターが大好きで、そして杉原邦生さんの演出が大好きで、音楽はレジェンド宮川彬良氏。こんなの、気になりすぎる、、、!とはいえ私は関西在住なので安易に東京に行くことも難しく、泣く泣くパス、かな、と思っていたその時!!

 

主演:木村達成

 

大好きな劇場に、大好きな演出家に、大好きな俳優が揃ってしまったのです。い、行くしかねえや〜〜〜!!

そして迎えた2月。期待通り、いやそれ以上の感動とエネルギーを与えていただきました。叶うなら、友人知人全員に観てほしかった。そしてやっぱり木村達成さん、ありがとうございます。

 

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⬇️こちら舞台映像です、もし観劇していない方で読んでくださっている方がいらっしゃったら!是非に!

- YouTube

 

 

⚫️だって激アツ展開すぎる

''激アツ展開''なんて言ってしまうのは少々憚られるのですが、仕方ありません。だって激アツ展開だから!

舞台化にあたって、滝太郎の成長にフォーカスを当てて再構成されているなと感じていて。やってはいけないと人に言われたことをやってしまう、しかも「おいらのせいじゃあないぞ」と言い訳もしていた滝太郎。母を失った心の穴を埋めるかのように盗みを続ける滝太郎。金も地位も持っているのに、本当に欲しいものを手に入れることができない滝太郎。そしてこれは洪水後のモウセンゴケのシーンですが、「失うのが怖いから何も欲しくない」と言う滝太郎。そんな滝太郎が、雪のことを本当に欲しいと願って、母親の形見の指輪も差し出して、絶対に手に入らないと分かっても雪のことを守り抜いて、最後には雪を失ってしまうけれども前を向いて海に漕ぎ出すのって、激アツ展開以外の何物でもないんですよ!!正直1回目はピンと来なかったのですが、原作読んで2回目観たときには、もう、!この物語の展開に興奮が止まりませんでした!あの滝ちゃんが、、、とお兼目線で観てしまっていました、、、。そして原作にはあまり無かった滝太郎と母親の描写を印象的に描いた藤本有紀さんの脚本に痺れました。あの原作をここまで分かりやすく感情移入しやすく再構成できるものなのか、と、プロの仕事に感動しました。

私は指輪のことを大切だと言う場面に胸アツを感じていて。冒頭で勇美子から指輪について聞かれたときはなんだか恥ずかしそうに?躊躇うように?この指輪は大事なんだと言うのに、後半で雪に聞かれたときには堂々と大切なんだと言うのも滝太郎の成長を感じるんですね。自分の大切なものを「大切なものだ」と認識して、それを堂々と人に言えるようになったんだとちょっぴり感動しました。冒頭の滝太郎は、大切なものを失うのは怖いから、心の底では大切だと思っていても大切だとあまり自覚しないようにしていたのかなと思ったりしています。

そしてやっぱり洪水の場面は必死に2人を守り生き延びようとしている滝太郎が美しくて眩しくて涙が出てしまいますね!これまでの滝太郎なら、もしかしたら雪だけを助けていたかもしれないと思うのですが、拓も助けるという選択をすることができたのは滝太郎が成長したからだろうと思います。

雪の最期に滝太郎にむけて「どうして私を見つけなさったの?」というセリフがあるのですが、「見つけた」なのか、と思いまして。滝太郎は雪を、本当に欲しいものを「見つけた」のかとふと思いました。そして雪が滝太郎の指輪で赤い帯を切るんですね。

お分かりいただけましたか。

雪が滝太郎の指輪赤い帯を切るんですね。

これ友人の考えを聞いて思いついたんですけど、滝太郎はここで雪と同時に母親(への執着や幻影)も失うんです。母親の形見の指輪で、母親の着物の色である赤色の帯を切るんです。滝太郎の欲しいものといえば雪ですが、根本には母親の愛を渇望している滝太郎が居ると思うんですよ。滝太郎が欲した母親とも決別し、それでも前に進む滝太郎の姿は何度観ても胸アツ。そしてこの雪の帯はへその緒のようにも見えるので、ここで滝太郎は欲しいものを欲する人間らしい人間として産まれたのだろうと思います。

 

⚫️雪は存在するか?

雪は本当に存在するのか?何者なのか?という話題は度々出ていますが、製作側でも解釈の余地があるように作っているようで。初見のときは雪が存在するか否かなんて思いつくほど理解できていなかったのですが、ちょうど3回目のときに、雪には実在していてほしくないと強く思いました。

この物語が滝太郎の成長を描くものだとしたら、なんだか雪が滝太郎を成長させるための装置のように見えてきてしまうのです。拓だけでなく滝太郎や勇美子にあんなにも献身的だった雪が最後には亡くなってしまうなんて、悲しすぎませんか、、、。もちろん岡本夏美さんと杉原邦生さんが仰っていたように、雪は最期に自分で大きな決断をすることができたのだからハッピーエンドだという解釈も理解できます。でもやっぱり悲しいので、雪は人間であってほしくない、妖精さんであってほしいと思ってしまいます。

あとは、滝太郎と拓は岩滝で精神的な攻撃を受けていますが、雪は物理的な攻撃しか受けていないのも気になります。(とはいえ全部滝太郎が守ってくれるんですけど)雪ってあまり内面が深掘りされていない人物でもありますし、典型的な良き妻というキャラクターで、そういう意味でも人間らしくないなと感じます。

 

⚫️パラレルワールドモウセンゴケ

洪水後の滝太郎と勇美子のモウセンゴケの場面を勝手にパラレルワールドモウセンゴケなんて呼んでいるのですが笑(2/18アフトにて、この場面をパラレルワールドなのかな?と皆さん仰ってたので)

この場面をここに持ってきたのは本当に感動しました。雪を失った後に滝太郎の「失うのが怖いから何も欲しくない」という本音が提示されるのが悲しくもあり、寂しくもあり、、、。でもだからこそラストの船の場面での滝太郎が眩しく見えるんだろうなとも思います。

そして勇美子、というか滝太郎母のセリフがまた提示されるのも感動ポイントですよね。雪に指輪を渡すときの滝太郎の言い訳「おいらのせいじゃあないぞ」って多分母親に向かって言ってるんだと思うんです。滝太郎的に「形見の指輪を渡してしまって、母は怒らないだろうか」という思いがあったんじゃないかと思うんです。しかも雪は亡くなってしまうし。でもここで母親の「滝太郎はなんでも好きなことをしなさい」というセリフが入ることで、滝太郎が許されたというか肯定されたような気がしました。そして母親が滝太郎の背中を押しているようにも見えました。原作には無い描写ですが、ここの構成すごく好きです。

 

⚫️黒百合

滝太郎も雪も黒百合に引き寄せられるように岩滝へ入っていきますが、滝太郎は本当に黒百合が欲しかったのでしょうか。

もちろん滝太郎は、雪の「黒百合を見てみたい気がする」という言葉やお兼の説教を聞いて黒百合が欲しくなったのだろうとは思います。でも1幕ラストで黒百合を手に入れたとき、お兼の言ったように精霊が隠し持つ黒百合を手に入れたとき、その黒百合ですら本当に欲しい物ではなかったと気付いてしまったのではないでしょうか。そして、雪を助け雪に言葉をかけられる中で、雪がたまらなく欲しいと思ってしまったのではないでしょうか。

私は、黒百合を「欲しくてたまらないもの」の象徴だとするならば、滝太郎にとっての黒百合は雪なのではないかと考えています。だからこそ、船を漕ぎ出すときに黒百合を持った雪が、彼らの目の前に立っているのだと思います。

 

⚫️杉原邦生さんの演出が本当に

私が邦生さん演出の作品を初めて観たのは、2022年の『血の婚礼』です。こちらは映像で観たのですが、役者さんの熱量はもちろん、演出の面白さにも圧倒されたのをよく覚えています。そして生で観たのは2024年の『モンスター』、邦生さんと原口沙輔さんのアフト回で聞いた話が勉強になりすぎて、邦生さん演出の作品をまた観たい!と思いました。

『血の婚礼』でも『モンスター』でも、音や音楽と芝居をリンクさせる演出をされていたのが印象的で、私がずっと音楽をやっていたこともあり、それがすごく刺さったんですね。今は自分でも演劇をやっていますが、演出をつけるときにちょっと参考にしてみているくらい、邦生さんの演出が好きです。

今回の『黒百合』はとにかくショーとして完成していると強く思います。ただただ見ているだけで楽しい。2/17のポストトークを聞いていると、邦生さんの根底にはテーマパークでのショーがあるからこのような演出になるのかなと思いました。そしてト書きをデジタルではなくアナログでやろうと決めた話もめちゃくちゃ勉強になりました、、、。意図的でなくデジタル表現を使用するのって、演劇でやる必要があるのかという思考には同意しますし、アナログにこだわったことで『黒百合』の魅力を余すことなく表現できたのだと思います。あとは、演劇はお客さんと想像力を共有するものなんだという話も。やる側として難しいなとは思いつつも、その通りではあるんですよね。邦生さんのお話聞けて本当に良かったです、、、。そして邦生さん演出の作品観て、また何か創りたいと思いました、、、。

 

⚫️人間の表現の可能性

もちろん物語自体にも感動したのですが、私がこの作品で一番感動したのは身体表現であったり人力で表現している場面なんです。作品を通して何かを欲しいと望むこと=生きているということが提示されていると思っていて、その欲望は生々しいというか気持ち悪い部分もあると思います。そこで生身の人間を使うことでその生々しさ・おどろおどろしさが上手く表現されていると思うんです。そしてそれが美しくも見えるし、魅力的にも見えるんです。この表現にめちゃくちゃ感動して感動シーンでもないのに泣いてしまったんですね、、、。

まず冒頭、植物の芽が出て葉が出て伸びていくように人々が生まれ、そして夜が明ける。ここ初めて観たときからずっと大好きな場面なんですけど、1階後方センブロで観たときに夜明けがあまりにも夜明けで、舞台後方からの照明がめちゃくちゃ美しくて本当に感動して涙が出ました。そして2幕始めの魑魅魍魎の場面、ここってちょっと不気味じゃないですか。でもそれが生き物の生々しさを感じて、目の当たりにしたような気持ちになって初日はここで泣いたんですよね。やっぱりこの作品はト書きの部分も人間を使ってやるからこそ魅力が何倍にもなるんだと思います。

これ観てない人に伝えるのがめちゃくちゃ難しくて本当に悔しいです。究極、目の前で生身の人間が表現していて、舞台上には山があって、客席が揺れるほどの轟音があってこその舞台『黒百合』なんじゃないかと思ってしまって、、、。公式から出てるダイジェスト映像見てもやっぱりあの感動は体験できなくて、、、。でも映像が無いと良さを伝えることができないのでせめて映像だけでも放送かなにかしてほしいです。あとは普通に上演台本読んでみたいですね、ト書きどうなってるのか気になります。

 

⚫️世田パブの怪人になりたい

私は2024年『空中ブランコのりのキキ』で世田谷パブリックシアターに訪れてから世田パブが大好きなのです。世田パブの立地や劇場内の雰囲気、天井の青空、世田パブで上演される作品が大好きなのです。が、今回また訪れて大好きポイントが増えました。

『黒百合』の舞台や座席表を見ていただくと分かるのですが、センターに花道があって、その先に客席下に続くハケ口があるんですね。

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おそらく世田パブって前方席が可動式になっているのですが、それがめちゃくちゃ活かされているんです。そして照明がとにかく面白い。邦生さんも「機材をフル活用してる」と仰ってるくらい、使われてる照明の量や特殊効果の量がハンパないんですね、本当に面白い。

こんなものを見せられて、私は、

世田パブって、夢がある。

と感動したわけです。やってみたいことを何でもやれる可能性がある、新しいアイディアが生まれる可能性がある、世田谷パブリックシアターには、大きな夢があると思ったのです。

だから、私は、世田パブに住み着いて、世田パブの怪人になりたいのです。たくさんの人に訪れてみてほしい劇場です。

 

⚫️ねぇ、木村達成さん

私は俳優たちを応援するにあたって、「キャーー!カッコイイー!」という感情をできるだけ排除したいと思っていて。私は彼らのパフォーマンスに惚れているので、キャーキャー言うのはなんだか不誠実なんじゃないかと思い込んでいたのですが。

滝太郎カッコよすぎる。

単純にキャーキャーカッコイイ!と言えてしまう役で頭を抱えてしまいました。だって、全方向からの激強スポットライトを浴びて、雪をお姫様抱っこして輝いている滝太郎を見せられたら、そりゃあ、、、誰だってキャーキャー言いたくなりますよ、、、。そして純粋に木村達成さんカッコよすぎるよ、、、。ここ最近は一癖ある役が多くて、ただ真っ直ぐに突き進む役ってあんまりやってない印象だったので、真っ直ぐな達成さんの爽やかさが本当に素敵でした。

そして滝太郎って達成さんすぎるんです、!

眉も眦もきりりとした、その癖口許の愛くるしいのが

こちらは原作で滝太郎が登場したときの描写です。読んだ瞬間、それって木村達成だ、と思いました。

少年の眼は秋の水のごとく、清く澄んで星のごとく輝くのである。

こちらは拓の夢の中での滝太郎の描写。それって木村達成だ(2回目)

それだけでなく、2/18のアフトで出た話ですが、達成さんの「その日その瞬間の感情で芝居をする」というスタンスが滝太郎に合っていると邦生さんが仰ってたんですね。滝太郎は動物的な生き方をしている人だからと。いや〜、木村達成さんが滝太郎で本当によかったです。

あとほんとうに達成さんが出る作品にはいつも震えさせられているし毎度毎度この作品に出会えて良かったと思って胸がいっぱいになるのでもうマジで木村達成さんありがとうございますと感謝感謝の毎日でございます。

 

⚫️''黒百合''を見つけられるか

一応滝太郎と同世代の人間として、追い求めてやまないもの、言うなれば自分にとっての黒百合を見つけることができるか、黒百合を失っても前に進めるかと問われているような気がしました。

失うのが怖いから本当に欲しいものを得ることを恐れたり、本当に欲しいものが何か分からなくなったりするのは特に若い人に多いと思うんですね。もちろん生きていれば誰もが経験する恐怖ではありますが、生きている時間が短ければ短いほど何かを失う経験が少ないからより恐ろしく感じるのだと思います。そして現代においては、社会の不安定さやある程度情報や物を容易に手に入れられることなどによってそういった風潮が強くなっているような気がします。

『黒百合』は、身動きの取れなくなっている私たちの背中を押し、突き動かしてくれるエネルギーを持った作品でした。この先で何かを追い求めるとき、手に入れるとき、そして失ったときにこの作品を思い出すのだろうと思います。そしてこの作品の持つ生命力に、また動き出す勇気を与えられるのだろうと思います。

 

まぁ、、、今の私にとっての黒百合は舞台『黒百合』なんですが、、、。映像が放送されることを願います、😭

『狂人なおもて往生をとぐー昔、僕達は愛した』、共に生きること

 

狂人なおもて往生をとぐ、10月13日から3公演観劇しました〜!

木村達成さんの1年ぶりの舞台、そして主演。しかもなんだか難しそうな脚本でワクワク、だったのですが、、、。ぐるぐる色んなことを考えて考えて、10月15日の現在23時、たどり着いた感情が

木村達成さん、本当にありがとうございます!!

感謝で涙を流しています。かけがえのない、濃密な3公演でした。

 

「狂人なおもて往生をとぐ ―昔、僕達は愛した」公式サイト|木村達成主演

↑公式サイト貼っておきます。

 

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↑今回の宣美めちゃくちゃ好き。

 

この作品、観る人の立場によって見方がかなり変わると思っているんです。私は大学生なので子どもたち(出・愛子・敬二)の視点で観ていることが多かった気がします。実際、10/14はかなり愛子に寄って観ていたなと自覚しているので。それに10/15は1970年代を生きたであろう世代の方が多く、10/13・10/14では笑いが起こらなかった場面で笑い声が聞こえたので、年齢によっても捉え方が変わりそう。もうこの時点でめちゃくちゃ面白い作品だと思いませんか、!?

もちろんこの作品の背景には戦後の日本・学生運動安保闘争などがありますが、それは置いておいて、私は''今の家族''の話として解釈していきたいなと思います。

 

🟡家族ごっこ

まずこの作品の軸になるのが家族ごっこですよね。はなと善一郎は10年前の一家心中で壊れてしまった家族を、ごっこ遊びの中で''正しい家族''に再構築しようとしているように見えました。一方で、子どもたち(特に愛子)はごっこ遊びを利用してはなと善一郎に彼ら自身の歪みを突きつけ、家族から脱却しようとしている。まるで家族ごっこを通して親と子が戦っているようでした。

家族ごっこについて、10/13には2つの感想を抱きました。1つ目は家族を演じることで言える本音があるのかもしれない、というもの。これは多分善一郎を攻撃していく愛子を見てそう思ったのかな。血の繋がった親・本当の家族だと思うと言えないようなことも、これは家族ごっこだと思うと言えてしまうんじゃないかと思いました。2つ目は人間誰しも父親・母親・子どもといった役割を演じているものなんだよね、というもの。1つ目と真逆のこと言ってるような気がするんですけど笑 はなと善一郎って、それが正しいかは置いておいて、母親・父親であろうとするんですね、すごく。父親っていうのはこういうものだから、こういう振る舞いをするのが正しい、みたいな空気を感じました。

 

🟡黄色い泡

劇中でインパクトのあるワードといえば「黄色い泡」。10/13はこの黄色い泡、ハイボールとかビールの炭酸の泡の話をしてるのかなと思ってました。善一郎がウイスキーっぽいお酒を飲んでいたからそう思ったんでしょうか。でも10/14に観ると、3幕冒頭で善一郎が愛子に向かって「黄色い泡の発作、落ち着いた?」みたいな雰囲気のジェスチャーをするんです。それが、腹・胸の辺りから何かが湧き上がるような動作をしていて、ビビっときました。黄色い泡って、胃酸・胆汁とかの吐瀉物なのでは、、、!?10年前の一家心中で敬二が見た状況は「家に帰ったらみんながゲーゲー吐いていた」なので、出はおそらく一家心中のときに嘔吐したことを思い出しているのかなと。「黄色い泡…ぽこんぽこん」って表現ちょっとポップで可愛いとか思っててごめんなさい、、、。

あと3回目の家族ごっこ(父→出、母→愛子の回)で照明が黄色いのが気になっていて。2回目の黄色い泡発作で出が正気に戻っていたことを加味すると、3回目のごっこでの出と愛子の言動は10年前の一家心中での善一郎とはなの言動そのものなんじゃないかと考えました。

 

🟡天井裏のネズミ

2幕に出てくるのが天井裏のネズミの話。このネズミって父親と母親(善一郎とはな)のことだと思っています。ネズミは食べ物が無いとき、子どもをガリガリ食べる・死ぬまで酒を飲み続ける習性があると作中で紹介されますが、これってまさに善一郎とはなですよね。そして食べ物(子どもたち)が居なくなった3幕ラスト、善一郎とはなは床を這うようにしか動けなくて、おそらく死ぬ。このネズミが天井裏にいるのも面白いな〜と思います。自分よりも上にいるネズミ、親に支配されているってことなんじゃないかと。

 

🟡7回は6回の次

このセリフもめちゃくちゃ印象に残っています。「nはn-1の次」構文。誰が言ったか覚えているものをまとめると、

出→「7回は6回の次だな」「3000は2999の次」「17回は16回の次か?」

愛子→「2000は1999の次」

はな→「17回は18回の前」

善一郎→「8杯目は7杯目の次」

この中で自発的に言ったのが出と善一郎、出の発言を受けて言ったのが愛子とはなです。

私、このセリフは''ループからの脱却''だと思っています。1幕での家族ごっこ、善一郎が辞めにしよう的なことを言ったとき、愛子も敬二も何も言い返せていなくてまさに父親が支配している家族だったんです。なんなら善一郎に怯えているように見えたし。このままこの家族の中だけで家族ごっこを続けていても、父親の支配の下のごっこ遊びが繰り返されるだけだったろうと思います。それが、2幕の家族ごっこで家族の外からめぐみが入ってきたことで流れが変わり、愛子が善一郎やはなを跳ね除けて家族ごっこをコントロールし始めます。つまり、父親の支配の下の家族ごっこから脱出した、ということです。そこで善一郎の「8杯目は7杯目の次」というセリフが発せられます。つまりこの「nはn-1の次」構文、出の発言である6回目→7回目、から善一郎の発言である7杯目→8杯目へと物語が進んだことを示しているんじゃないでしょうか、!

ちょっと私の文章が下手すぎて伝わってるか不安なので参考程度に、この考察の基にはエヴァンゲリオンのループ説があります。シンジくんが再生しているカセットテープに表示されている曲番号が、物語のループとループからの脱却を暗に示しているみたいな話。よかったら調べてみてください。

 

🟡新しい変化

3幕1場ラスト、出と愛子がハグするじゃないですか、このシーンすごくないですか、!?冒頭は出って愛子にうまくかわされているな〜という印象があって、でも2幕なんかは愛子が一方的に出のことめちゃくちゃ好きなんじゃないか?と思ったり、なんだか噛み合ってるのか噛み合ってないのか分からない2人だったのに、このハグの瞬間、すごく、全てがぴったりハマっているように感じました。

''家族''として人を愛するのではなく、''一人の人間''として人を愛することで2人は家族という檻から抜け出すことができたんじゃないかな。おそらく、どんな人間であろうと生まれてきて初めて愛する人は親・家族だと思うんです。成長していくにつれて、人は家族の外の人間と関わりを持ち、他人を愛し、家族への依存が薄れていく。出も愛子も家族の外の人間を愛せたら良かったのですが、、、。出は脳の障害で外との繋がりが絶たれ、愛子は元々出を性愛的に愛していた。家族ごっこから脱出したかった出と、出を愛し出に愛されたかった愛子の利害が一致したみたいに2人は熱い接吻をする。

今思ったんですけど、ここの愛子って某ミュージカルみたいだな。できるだけネタバレは避けたいので作品名は伏せますが。

 

🟡家族と外との狭間にいる敬二

この家族の中で最も外との関わりをもっているのが次男の敬二。めぐみというフィアンセがいて、家族から一刻も早く離れたいと思っていますよね。けれど結局は家族から離れられない。

敬二を見ていると、物理的に家族から離れることはできても心理的に家族から離れることは難しいのだなと思います。3幕1場の終盤、めぐみが敬二との婚約破棄を宣言し家から出ようとしたとき、敬二は「僕はお前を愛した。生きるも死ぬも一緒だ。」と言いめぐみを引き留めようとします。この敬二の発言、まさに「生かすも殺すもパパの自由」ですよね。この場面の敬二は「未来のパパ」そのもの。自分の家族から逃れたいと思っていても、家族内の価値観や思想はどうしても自分の精神に刻み込まれているものだから、家族と完全に離れることって決して簡単ではないんだと感じました。

そして敬二って現代の言葉で言うときょうだい児、ですよね。出が警棒で頭を殴られたのがいつかは明言されていませんが、出が18歳から22歳の期間であったことは分かります。そのとき敬二は8歳から12歳、まだまだ家族から愛されたい時期だと思います。そんな時期に兄の気が狂って父母・姉は兄の世話ばかりで、自分のことを愛してくれないし、自分自身も兄の世話をしなければいけない。その上、自分以外の家族が一家心中をした(未遂ですが)。当時10歳の子どもが抱いた疎外感は、どれほどのものだったんでしょうか。だから敬二も最終的には出と愛子に着いて行くことを選ぶ。出と愛子が見えない何かに向かって「笑い声が聞こえる」「置いていかないで」と言っているときに敬二も「僕にも聞こえた」などと言うのですが、本当に聞こえているようには見えません。また兄たちに置いていかれる、それが敬二は怖かったんだと思います。

 

🟡狂人なおもて往生をとぐ、いわんや

作品名の狂人なおもて往生をとぐ、これは親鸞悪人正機説「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」から取っているのでしょう。とすれば、「狂人なおもて往生をとぐ」に続くのは「いわんや常人をや」なのではないかと考えました。このタイトル、救済でありエールですよね。どんな人間でも、死んだ後には幸せになれる。

これ、出の発言ともリンクする気がします。めぐみと敬二との未来を演じるごっこについて、めぐみは「ハッピーエンドが良い!」と言います。それに対して善一郎は「ハッピーエンドは難しい」と言う一方、出は「ハッピーエンドの方が易しい」と言います。狂人でも常人でも死んだ後にハッピーエンドを迎えられるのだとしたら、むしろバッドエンドに着地する方が難しい。

 

🟡既視感

狂人って各個人の感想に家庭環境というか、家族との関係滲み出そうでちょっと感想書くの恥ずかしいかもしれない

こちら、10/14の観劇後にツイートした文章でして。

10/13の観劇後、この家族、とりわけ善一郎とはなの様子に既視感を抱いていて、なんとなく不快で。言語化することはできなかったのですが、パンフレットでの稲葉さんのコメントを読み、2回目観劇するとその既視感の実態がはっきりしてきました。

私の父親と母親は、ちゃんとした、良い親だと思っています。私は今まで育ててくれたことに感謝しているし、今でも学校に行かせてくれていることに感謝しています。でも彼ら自身も、父親・母親である前に一人の人間です。私だって子どもである前に一人の人間です。親・子として完璧でいられるはずがないし、完璧でいる必要なんて全くないんです。父はお酒をよく飲みます。飲みすぎて次の日の朝、前日の夜にした話を覚えていないこともよくあります。父は、言ってしまえば面倒くさい人だし何かと無関心なので、母と言い争いになることもあります。その度、母は私に父の愚痴を言います。それを聞くのは正直ストレスで、でも私は2人の子どもとして、嫌だとはっきり言えませんでした。言ったらきっと2人のストレスのはけ口が減ってしまうから。

この作品を2回観て、3幕2場冒頭の善一郎とはなのやり取りが自分の親そっくりで、それが既視感の正体だったのかと気付きました。すると善一郎への怒りが止まらなくなって、泣きました。怒りで涙が出たのは初めてでした。同時に、私は私の父に対してこれほど怒っていたのかと思いました。この文章の冒頭で、愛子に感情移入して観た回があったというのも、愛子から善一郎・はなへの怒りと私から父母への怒りを少し重ねて観たということです、多分。

そして私はひとり暮らしを始めた今、両親に対してネガティブな本音も言えるようになってきました。それはきっと両親との距離が遠くなったから。10/13のときに、愛子には家族を演じているからこそ言える本音があったのかもしれないと思ったことにも少し繋がる気がします。

この作品を通して発見した自分の感情に驚いているし、恐怖すら抱いています。物語を読んで、観て、感想を書くという行為は自分を理解する行為と同義だと思います。今回発見した自分の感情は決してポジティブなものではないけれど、絶対に知ることができて良かった感情です。木村達成さん、この作品に出会うキッカケをくれてありがとうございます。全3公演観終わった後に涙を流すほど感謝しています。

 

🟡木村達成さんってほんとうに

木村達成さんってほんとうに板の上にいると活き活きする人だ。出は分かりやすく狂人だし、言っていることもめちゃくちゃなときがあるけれど、芯にはものすごく真っ直ぐな願いを持っている青年だと思っています。そういう真っ直ぐさがある役をやっている達成さんが好きだ。その真っ直ぐさに苦しむ達成さんの姿も好きです。

10/13、10/14の出はその狂気やエネルギーがかなり全面に押し出されているように見えました。しかし、10/15の出は弱っている部分や脆いところがむき出しになっていました。だからこそ黄色い泡の後、正気に戻る場面の出は痛々しくてものすごく惹き込まれたのを覚えています。あの瞬間の達成さん、なんとも言えない引力があった。

そしてこれまた言語化するのが難しいのですが、私、これだから木村達成のこと好きなんだよ〜〜!と強く思いました。こういう作品をやってくれて、すっごいパフォーマンスを見せてくれる達成さん、好きです。信頼と実績の木村達成。そういえば、7月のFC配信で「ファンのことを倒さなければいけない存在だと思っている」について話してくれたので私もかかってこい!戦う準備はできています!の気持ちで劇場に向かったのですが、完全敗北です。達成さん対戦ありがとうございました。

 

🟡役者も裏方も

岡本玲さん大好きな友人から噂は聞いていたものの、ヒェ〜〜〜岡本玲ってすごい、、、。

3幕1場の終盤、「あなたは未来のパパ、そして私は未来のママ」と言うのですが、文脈的にはこの「あなた」って敬二のことなんですね。だけど愛子は敬二ではなく、善一郎の方を見て言っている。

え??????

この場面で全部分からなくなりました、何だったんだろう。役者に想定外のことをされると軽率に好きになってしまう。

あと、公式で投稿されている舞台写真見て震えました。こちら

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ここって多分、1回目の黄色い泡で出が夢遊病のように歩き回ってる場面なんですけど、出を受け止める愛子、よく見ると笑顔なんですね。笑顔なの、??笑顔なんだ、愛子ってめちゃくちゃ出のこと好きじゃん、、、。

岡本玲ちゃんってプロフィールをさらっと読むとモデルの人なんだなーと思ってしまうんですが、板の上にいる岡本玲ちゃんは''演劇の人''という感じがしました。そして10/13観劇後にすぐ思い出したのがこちらの記事。

「やっと心から笑えるようになりました」岡本玲が憧れてばかりの自分を肯定できた理由|Bezzy[ベジー]|アーティストをもっと好きになるエンタメメディア

ぜひ読んでみてください。

そして酒井大成くんも良かった。映像をやっているとはいえ、舞台初挑戦でこの難解でエネルギーの必要な舞台をやってるのすごすぎますよ。これからも舞台で見る機会があればとっても嬉しいな、、、。

あとは橘花梨ちゃん、花梨ちゃんのめぐみは何故か嫌な感じがしないのすごい。人の家庭にズケズケと入っていくのは見ていてハラハラするんだけど、この家族たちと上手くやっていけるポテンシャルを持っていたり、でも様子のおかしい家族たちに対しておかしいと面と向かって言える度胸があったり、めぐみって可愛い。これは花梨ちゃんのバランス感覚が良いんだろうなと思うんですけど、ぶりっ子だけどやりすぎずサバサバした部分も見えるのがめちゃくちゃ好きでした。

稲葉さんの演出した作品を観るのは初めてでしたが、美術やヘアメイクなどの裏方さんは私が好きな作品に関わっていた方が多く、それもあってか舞台セットから照明音響から何から何まで刺さりました。特徴的な舞台セット、あれって多分四畳半ですよね。開場時に流れている環境音、愛子が身に付けているブランケットみたいな布、一つ一つが好きでした。

 

🟡10/14アフタートーク

10/14は演出の稲葉さん・達成さん・岡本玲ちゃんによるアフタートークの回でした。出てきた後にハッとしてシャツのボタンを閉め始める達成さん、ちょっと面白かった。そして岡本玲ちゃん顔小さすぎる。

稲葉さんがこの2人のコンビについて「木村さんは案外繊細で、岡本さんは男気がある」というふうに表現されていたのですが、アフタートークの様子を見ていてもその通りで、なんだ良いコンビじゃないかと、、、とっても思いました。また共演しているところが見たいですね。

この回前方列だったのでマイクを通していない声なんかもよく聞こえたのですが、司会の方に質問される度、小さな声で「どうしよう、、、」と言ったり「なんて言おうかな」の顔をしていた木村達成さんがキュートでした。

 

🟡最後に

今回は初めてのことを沢山経験させてもらえた公演期間でした。舞台を観て、言葉たちに圧倒され急いで脚本を読み、また舞台を観る。こんなことをしたのは初めてでした。そしてこれは私が初めてシェイクスピアを観たときに感じたことですが、もちろん脚本を読むだけで面白い作品はたくさんあります。けれど実際に役者たちが演じているものを観ると、悲しい場面はより悲しく、楽しい場面はより楽しく感じ、人物の感情の移り変わりや物語の流れがよく分かるんです、文字を読んだときよりずっと。そして私は、紙の上の文字として存在していた物語が現実になって私の目の前に現れる、それが演劇の魅力だと考えています。この作品を観た後、先に書いたことを改めて感じました。自分でも演劇をやりたい、と思った日に戻ったみたいでした。

この作品にこれほどまでに心を揺さぶられるとは思ってもみませんでした。改めて木村達成さんありがとうございます、これで何回目でしょう笑

本当に最後に、作中で狂人だったのは誰でしょうか。私は全員が狂人であり、狂人でないと考えています。あの家族はたしかに狂っています。けれどもその狂気は私たちの誰もが持っているものだと思うんです。作品内ではその狂気が丸出しになっているから狂っているように見えるだけなんです。私たちは自分の持つ狂気と、他人の持つ狂気と共に生きていくしかないのです、きっと、苦しくても。

だから、皆さん、健やかであってくださいね。そして全ての人が健やかであれる世界になりますように。

『ボニー&クライド』、神を信じたかった人

 

ボニー&クライド大阪公演を観に行きました。

始め、とりあえず2枚取るか〜と思って取ったチケットがどんどん増えて大阪公演の柿澤回を全制覇することに、、、。そもそも柿澤さんのクライド絶対良いじゃん!そして玲香ちゃんはボニー絶対似合うじゃん!と思っていたのもあり覚悟はしていたのですが、歌唱披露で心を撃ち抜かれて、稽古期間中にFCでマネージャーさんが「柿澤さんのクライドめっちゃいい!」と仰っていたのも影響して最終的には4枚になりました。人間って怖いですね。

(追記 大阪楽後にどうしてももう一度柿澤クライドに会いたくなって、大楽のチケットをお譲りいただきました。人間って、こわ〜〜い、、、。)

というわけで、公演終わるごとに感想を書いていったら大長文になってしまいました。読みにくい文章ですが読んでいただけると幸いです。

 

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柿澤クライドと森ノ宮ピロティホール🥰

 

 

🚘大阪公演初日(4/26)

待ちに待ったボニクラMy初日は4月26日のマチネ、森ノ宮ピロティホールでの公演。柿澤さんの評判がなんだかとっても良くて、歌唱披露やら公演ダイジェストやらの動画も刺さりまくりで、1週間前からドキドキが止まりませんでした。

 

満を持して観劇した今日、ちょっと消化不良を起こしています。

 

ツイッターで観劇した方々の感想を読み漁っていると、

「柿クライドやばい!!!!」「ボニクラ楽しい!!!!!」(意訳)

的な感想が多くて、私自身勝手にアクセルベタ踏みでスピードMAXのまま大爆発する話なんだろうな〜と思ってたんですが、バックが亡くなった後、クライドがブレーキを踏むところがほんとうに辛くなってしまいました。ここまでのクライドって止まることを知らないというか、常にエネルギー(社会への怒りとか自分の境遇に対する葛藤とか)に満ち溢れていて、それで自分の夢・プランに向かって突き進んでいっていたのに、急に止まるんですよね。そこで「自分はどうして生まれてきたのか」みたいなセリフを言うんです。それがあまりにも重くて辛くて苦しくて、考えたら考えるほど悲しくなってきて、家に帰ってきてから泣きました。ボニクラ観終わって、楽しい〜〜〜!!!柿澤勇人の芝居と歌最高〜〜〜!!てなってる自分を想像してたから変な刺さり方しててびっくり、、、。一応夢に向かって進んでる学生なので、ボニクラのラストでどう足掻いてももがいても鳥籠から自由になることはできない、夢は叶わないということを突きつけられた気がしてしまって辛くなったのかな?と現時点では考えてます。2回目以降で見方が変わるのかなあ。

 

でもでも、とにかく楽しい部分もたくさんありました、!!

まず冒頭、全てが終わったところ(ボニーとクライドが亡くなった後)から始まるのが好き。これは2回目以降で効いてくるシーンだ、と思いました。そして14歳のボニーとクライドかわいいすぎ!だし、歌い方が幼いときと大人になったときで変わってて2人ともすごい!になった。

桜井玲香ちゃんずーっとニッコニコでほんとうに可愛いです、、、。歌も上手だし、個人的にはボニーのイメージにバチッとハマってて玲香ボニーほんとに好き。柿澤クライドの横に玲香ボニーが居るの最高すぎるんだよ。

で、本題は柿澤さん。柿澤さんのミュージカル観るのは初めてなんですけど、喋るように歌っててすごいと思いました、、、。気づいたら歌ってる。特に「小さな地獄」の最初、床に寝転んだまま歌い始めて這いつくばるような姿勢で歌い続けてるのが凄すぎてびっくり。柿澤勇人さんってすごい。そして全力で今を生きているのがすごく眩しかったなあ。クライドって不安定で怒りっぽい感じがするけど、その感情を爆発させてる様子を見るのが楽しいなと思いました。飛んで、跳ねて、歌って、怒って、笑って、とにかくエネルギーに満ちている柿澤クライド最高だ!!

地方公演だからこそのアドリブもめーっちゃ楽しかったなあ。かきこにのアドリブすっごかったですよ。20代の2人なはずなのにめちゃくちゃクソガキ兄弟感が出てて大好きだった〜。私が心撃ち抜かれたのは「残すのさ 名前を」の歌詞の「クライド・バロウ」の部分の音程アレンジしてたところです。音変える系のアドリブくると思ってなかったからテンション爆アゲだったし、曲自体もめちゃくちゃ好きだからほんとに笑顔が止まらなかった、!!

 

なんだかすごく辛い気持ちとすごく楽しい気持ちを抱えてて頭パンクしそうなんですけど、2回目以降どう感じるかが楽しみ〜。

 

 

🚘2日目(4/27)

迎えましたボニクラ2日目

唯一の海ちゃんボニー回でほんまに楽しかった、、、。

海ちゃんボニーは秘めていた狂気がクライドと出会ったことで放出される感じでした。「幼い頃から優秀だったボニー」がすごく感じられてとっても好きだったなあ。2回目だからっていうのもあるんだろうけど海ちゃんのボニーは分かりやすいなと思いました。なんだろう、なんか分かりやすかったんですよね。そして強い、!今回「How 'Bout a Danceリプライズ」から涙が止まらなくて大変だったんですけど、「短くても悪くない」や終盤のセリフがなんだか力強くて前向きに聞こえて、それに救われました。彼らはいくつもの犯罪を犯した悪人ではあるけれど、私は彼らをそうさせた社会からどうしても目を背けることができなくて、彼らの人生は何だったんだろうかとか自由になれたんだろうかとか考えてしまうんです。そのぐるぐると考えていたことを海ちゃんボニーの強さのおかげで少し前向きに捉えることができています。そして海乃美月ちゃんってほんとうに声が通る、!!歌上手い、!!ボニー2人とも可愛くて最高すぎる。

1回目では気づかなかったんですけど、バックが撃たれた後のスローモーションのシーンで流れてるオルゴールの曲、「満足できる人生」なんですね、、、。「満足できる人生」が流れる中でクライドが「俺はどうして生まれてきたのか、みんなどうして生まれてきたのか、神はどうして俺たちをめちゃくちゃにするんだ」と天に向かって叫ぶのが辛すぎる。こんなセリフ聞いたらクライド・バロウの人生は満足できる人生だった?と考え込んじゃうよ、、、。序盤あたり「自分が自由になることを神に許してもらう必要なんてない」だとか神を信じてないような発言をしておいて、1番神の救いを求めていたのはクライドなんじゃないかと思っちゃいましたね。

 

それで今回の「小さな地獄」、なんか凄まじかった!!曲の間のボニーが刑務所に来てくれた後からの目?というか顔?が怖すぎて見てるこっちの息も上がっちゃうくらい殺気が、すごかった。やっぱり柿澤さんのエネルギーとか生命力を放出させるお芝居大好きだ〜!と思いました。あとは詩を読むボニーを見る顔がニッコニコで、めちゃくちゃボニーのこと好きじゃん、、、と思いました。なんとなーくだけどかきれかはボニーが先にクライドのこと好きになってて、かきうみはクライドが先にボニーのこと好きになってる気がしました、日によって変わる部分もあるかもしれないけど。

小西さんバックのアドリブタイム、めーっちゃめっちゃ好き笑笑笑

再会シーンでは柿クライドの銃さばきの実況中継始めるし、再会(2回目)では顔近いどころかキス迫ってたし、安定のクソガキ兄弟具合でほんとうに楽しい。「ハンドル握れば」の仲良し感も大好きだし、ラストに机の上で向かい合って掛け合うのがお気に入りです。そういえば「ピクチャーショー」のバロウ兄弟が捕まってるところの動きがシンクロしててテンション上がりました。

 

かきれかは「出会った途端に2人で坂を転がり落ちる」っていうイメージだけど、かきうみは「出会ってしまったらその後は運命で全て決まっていた」感じがしました。海ちゃんボニー、素敵でした。

 

 

🚘番外編

なんかもうどうしてもボニクラが心に居座ってしまってどうしようもなくなったので「俺たちに明日はない」を見ました!!

映画でもバロウ兄弟はクソガキしてて微笑ましかったです。そしてブランチって牧師さんの娘だったんだ、!!と思いました。牧師の娘だからとても熱心なキリスト教徒って感じなのかと納得。しかもバックが撃たれる銃撃戦で目に怪我を負ってほぼ失明?してるのを初めて知って、ブランチ、辛すぎる、、、と思いましたね。

ちょくちょく挟まるカントリー系の音楽と車を走らせるシーンがなんか気に入りました。ボニクラ観てても思ったけど、重たいシーンの前後でもテンション上がる系の曲かかってるのがミスマッチ感あって、でもそれが逆に良くて、面白いなーと思いました。

 

 

🚘3日目(4/29)

ボニクラ3公演目の分が何故か消えました最悪、、、。

大阪千秋楽を観終えた私ですが観る前の気分で書きます。書いたこと思い出しながら、、、。

今回はアフタートーク踏まえて色々やってくれてめっちゃ楽しかったです。「残すのさ名前を」の冒頭を「神に向かって歌ってる」と言う矢崎さん、それを聞いて柿澤さんは「俺も明日やろっかな〜」と言ったらしく。それで上見ながら歌ってくれてました。そのせいか今日の柿澤クライドは幼い頃から神なんて居ないと分かってしまっていて、神に期待していなくて、神を笑うことさえするんだけど、心の奥底では神の救いを1番求めている、そんな人でした。もしかしたらクライドはブランチと同じくらいかそれ以上に神の存在を意識しているんじゃないかとも思いましたね。「母なるアメリカ」で初めて罪の無い警官を殺してしまったとき、罪の無い人を殺したくはないという気持ちとここで殺さなければ自分が死ぬだけだという気持ちが戦っているように見えてとても苦しかった、、、。

この作品刺さる人って、犯罪者に対してこの状況ならこの行動をしてしまう気持ちも分かると考える人が多いと思うんですよね。もちろん罰は受けるべきなんですけど。私もそういうタイプの人間なので、彼らがこういう結末を迎えたのは生まれ持った性質も影響しているんだろうけど、もし彼らが生きたのが1930年のアメリカでなければ何かが違っていたのかなと考え込んでしまいます。

そしてそして、ボニーがクライドの手当てする場面かわいいがすぎる、!玲香ボニーに「ちゃんと(包帯)押さえてて😡」と怒られる柿澤クライド、玲香ボニーに椅子持って迫る柿澤クライド、結局包帯が解けちゃう柿澤クライド。いつも楽しい(?)場面だけど今回特に可愛いに溢れてました。

あとやっぱり小西バックのアドリブが素晴らしい〜〜!!再会シーンではでんぐり返しからのクライドの銃さばきに効果音つけてからの「これで相討ちだ!」でした。何言ってるんだろう、、、。柿澤クライドも「兄貴そんなキャラだった?」「兄貴今日おかしいよ」て言ってて笑った。ほんとに小西バックは様子のおかしいイケメンだと思いました。

 

 

🚘大阪公演千秋楽(4/30)

やってきました大阪千秋楽㊗️㊗️

今日はFCからいただいた良席で、ほんとに全てが良く見えて、役者さんたちの息遣いまで伝わるくらいでほんとうに最高でした、、、。

「ピクチャーショー」の「バンッバンッッ!!」が大好きなので近くで見られて幸せ。「ハンドル握れば」のわちゃわちゃ感も近くだとよく伝わるし、最後のロングトーンをオク上でシャウトした柿澤さん、テンションが上がりすぎて声出そうになりました。

今回は「満足できる人生」が結構印象に残っています。警官を殺してしまって不安定な状態なのを引きずったまま両親に会って、そこからの「満足できる人生」。ちょっと泣いていたような気がする。「神頼みの人生は耐えられない」とか「貧しき者幸いならずさ」とか笑いながら歌ってたのが、神を笑ってるみたいですっごい良かったです。「残すのさ名前を」の冒頭も上向くまではいってなかったけど多分目線は上だった、?これは私の視力の問題ですけど、上を見ていたような気がするので今までよりクライドの神に対する態度が見えてすごく良かった。今日の柿澤クライドは田舎で生まれて、失業者のキャンプで生活したことのあるような自分が新聞の一面を飾るような有名人になってやるんだから、警官もアメリカも全世界の全人類も、神も、俺のこと見てろよ!!と全身で叫んでるみたいに見えました。そんな全世界を相手にしているクライドが最後に神に向かって叫ぶのが「神はどうして俺たちのことをめちゃくちゃにするんだ」なのがなんだかとっても辛い。「何もしてなくても警察は俺たちを捕まえようとする」の発言とか1週間で働けなくなった話とか踏まえると、クライドが欲していたのは自由なんて大きなものじゃなくて家族と共に普通に幸せな生活を送ることだったんじゃないかと思いました。というか普通の生活が1番の幸せだって分かってたんじゃないかな、、、。そして「母なるアメリカ」の警官を殺すところ、今日は一瞬首を横に振っていて余計に殺したくはないという気持ちが伝わって辛かったです。ラストもうずくまって黙って泣いてるだけの時間がいつもより長くて、クライドの弱さがいつもより見えた回だったなと思いました。今日のかきれか、脆くて今にも崩れそうで、実際最後には壊れてしまうんだけど、立ち止まった先で組み立て直して、2人で完全体になって死に向かっていくのが美しくて美しくて、、、。今回割と2人とも精神不安定そうだったのに何故か結末を1番前向きに捉えられました。

前列と後列じゃ全然情報量が違うんですね。「How 'Bout a Dance」のとき、ボニーが歌い始めた途端に柿澤クライドの顔が変わっててクライド、ボニーのこと大好きじゃん!!!になったし、ボニーが詩を読んでるときのクライドはすっごい笑顔でまたまたクライド、ボニーのこと大好きじゃん!!!になった。ボニーが詩を読んでるときのクライドが幸せそうに笑うから、ラストでクライドがボニーの詩を聞いてなんとか一歩踏み出そうとするのも納得できるんですよね。あと今までクライドからボニーへの愛の歌である「Bonnie」の対になる曲って「How 'Bout a Dance」なんだろうなと思ってたんですけど、もしかしなくても「短くても悪くない」が対になる曲なんですか?「短くても悪くない」のとき、いつもこれから彼らが迎える結末にばかり目が向いてたけどよくよく考えたらでっかい愛の歌じゃないですか。今日「Bonnie」聞いててふとそんなことを思ってしまって、泣きかけました。それに作中でクライドがあんなに優しくボニーに愛を伝えることなんてないから、、、。

そして今日はアドリブも豊作だ〜っ!!!

毎度恒例、かきこに再会シーンではクライドの銃さばきを見守る小西バック。長い間続けさせられてたからさすがに疲れて柿澤クライドに「いいかげんにしろ」とかって言われてた笑 小西さん毎回予想外のアドリブかましてくるのに毎回ちゃんと面白いのなんなんだろう。包帯巻く場面は今日も玲香ボニーの「ちゃんと押さえてて😡」が出ました。それで傷に触れちゃって痛がる柿澤クライド、芸が細かくてすごいな、、、とも思いました。ここのシーンほんと痛そうですよね、膝ガンガン床に打ち付けてて。その後はボニー&クライドとクライド&ボニーのわちゃわちゃがあり、また包帯解けちゃってて笑 最後は解けた包帯をマフラーみたいにボニーに巻き付けて、「新聞に載っちゃう〜〜!!!」とキャッキャしながら暗転してハケていきました、、、。かわいいがすぎるよ、かきれか。あと、バスタブ後に裸足でぺたぺた歩いてる柿澤クライドかわいかった〜。さっきまでお風呂入ってたんだから当たり前ですけど、めっちゃぺたぺたでかわいかった。

ボニーとクライド、ブランチとバックも熱々だったけど、今日驚いたのはテッドが感情爆発させてたところ、!!「小さな地獄リプライズ」前に怒りと悔しさがこもった台パンしてて、ボニーママと会った後の曲前もすっごい泣いてて、吉田テッドがものすごく切なかった。

今日の歌唱が残ってないのほんとに辛すぎる、「ハンドル握れば」、「残すのさ名前を」、「小さな地獄リプライズ」の柿澤さんの無敵感が溢れてました。玲香ちゃんの「How 'Bout a Dance」も綺麗すぎてちょっと泣いたし。大阪千秋楽の全てが大好きです。

カテコ3回目で柿澤さんが玲香ちゃん抱えて出てきて、もうテンションアゲで、気付いたら口から歓声出てました、、、。カテコで役者さんにもスタッフさんにも最大の感謝を贈れたことが幸せでした。

 

 

 

クリエでの東京公演を経ての大阪公演、熱すぎてこれから福岡と愛知でどこまでいっちゃうんだろうと思わせるくらいのカンパニー。素晴らしいので大千秋楽ライブ配信やった方がいいですよね。そして円盤か音源売って、ボニー&クライド2025を永遠にしてくれないと困りますよね。なんなら上演台本さえあればあとは私たちでなんとかするから、、、。

正直、1回目観た直後はあんまり刺さってないかもと思ったのですが、帰り道でボニーとクライドについて考えたら考えるほど深く深く落ち込んでしまって、気付いたらこんなにボニクラに狂わされていました。ボニクラ、曲もカッコよすぎるし話も好きだし、ほんとうに大好きだ。そしてクライドみたいな、抑圧の中でもなにか成し遂げようともがいて、全力で生きて、破滅していく役をやっている柿澤勇人さんが好きです。こんな素敵なものを観られて幸せでした。

 

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平日特典のボイスメッセージもみなさん可愛い可愛い!で癒されました〜。

 

余談ですが、スケジュール詰まりすぎでちょっと怖いですね。この3日間でレミゼバラしてボニクラが小屋入りして調整とリハするんだ、恐ろしいスケジュール。大千秋楽まで無事に終えられるように祈っています、祈ることしかできないので🥲

『セツアンの善人』、絶望と希望と空と

11月9日、10日に「セツアンの善人」の兵庫公演を観劇しました。

スリルミーで木村達成さんを知り、次の舞台は何やるんだろうとソワソワしていたところに発表されたのがセツアンの善人。歌を歌うシーンもあるということで、とにかく生木村達成を楽しみにしていると、お話と演出と舞台上の全てが面白くてとってもワクワクしました。

 

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まず舞台装置。天井にはプロペラ(というかシーリングファン的なもの)、コンクリートの立方体の寝床が並んでいてなんとなく日本の高度経済成長期やバブル期をイメージするような装置でした。プロペラが元気よく回っていたり、2~3個だけ回っていたりしていたのですが、その意図は読み取れませんでした、残念ながら😢そしてとにかく印象的だったのが舞台上で放り投げられ、蹴られ、踏まれるペットボトルたち。兵庫初日より大楽の方がいっぱい踏まれている音や蹴られている音が聞こえてきて、それがとっても良かったです。ペットボトルの話は後ほど。あとは衣装!カラフルで、ごちゃごちゃしていて、セカストで買い込んだ古着をめちゃくちゃな組み合わせで着ている感じで素敵でした。音楽もとにかくかっこよくて、個人的にはヴァイオリンとチェロとパーカッションという組み合わせだけでキュンとくるのですが、とにかく曲がかっこいい。もちろん元々あった曲もかっこいいんですけど、弦楽器だと微妙な高さの音(例えばピアノの鍵盤と鍵盤の間の音)が出しやすいから、登場人物の不安定さがうまく表されていると感じました。

 

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善人でいるだけで生きていけたらどんなに幸せな世界だろうか。セツアンの人々はもちろん善人とは言えないけれど、決して悪人ではなくて、生命力に溢れていました。大家族は良い人として生きることを諦めているし、盗みもするし、シェンテに頼りきりだし、でも悪い人には見えないんですよね。シュイタも悪人ポジションで描かれるけど、シュイタってそんなに悪人ではないですよね。シェンテが抱えきれなくなった人々を切り捨てていくけど、それは本当に悪なのかと思ってしまいます。実際シェンテを生み出さなければシュイタは生きられなかっただろうし。ただヤンスンは善人感が無かった気がします。でもヤンスンのこと好きになっちゃう!それに、ヤンスンは狡さをもっていたから資本主義社会で上の立場に立てたのかなと思いました。

シェンテってほんとに強い子なんだなとすごく感じましたね。シェンテ自身は何があっても善人であろうとしていて、シュイタという別人格を作り出してまで善人であろうとするのが本当にすごい。私ならどこかのタイミングで折れちゃって、善人のシェンテを辞めてしまうと思います。あと、ヤンスンと結婚することを決める前に自分の幸せを求めるのも善い行いなのだというセリフがあるのですが、ほんとにこれ刺さりました。自分を犠牲にするとやってられなくなるんですよね。あとはヤンスンのママがヤンスンに期待しすぎているところが見てて辛かったです。ヤンスンは工場での仕事をうまくやっていけたけれど、ヤンスンにとってプレッシャーだったんじゃないかと考えてしまいます。それでヤンスンとヤンママってプライドが高いというか、自分や息子を過大評価しているのが伝わってきましたね。2人とも自分はこんなセツアンの街で浮浪していていい人間ではないと思っていそうで、セツアンの人々を見下しているのが透けて見えました。ヤンママはきっと、スンはそんなことしなくていいのよとかスンなんだからこのくらいできなくちゃ、みたいなことを言い聞かせて育てたんだろうな。ヤンスンが度々このヤンスンが!?と言う度にすごく感じました。

そして結末。たしかに全てを観客に放り投げた感じはしたけど、それこそが答えですよね。善人が善人であるまま生きていけるように、私たちは行動を起こすべきだし、それは私たち(言うなれば普通の人、平民)だけでなくて多くの人の上に立つ人々(政治家や社長など)にも言えること。ただ何か行動を起こせばきっと世界は良い方向に進むという希望と、善人は搾取されて報われずに終わるんだという絶望を残されたように感じました。この結末に絶望はしたんだけど、セツアンの人々のパワーに元気も貰えていて、なんだか不思議な気分だったのを覚えています。私たちはセツアンの人々であり、ヤンスンであり、シュイタであり、シェンテであることを思い知らされましたね。怠惰でずる賢くて、でも良いことをしたいという想いも持っている人間が大半だと思うんです。劇場を出て空を見上げたとき、全人類の一人一人がもつほんの少しの良心を信頼したい、そこに生きる価値を見出してみたいと思いました。

ペットボトルは搾取される善人の心と労働者を表しているのかなと思いました。だから踏み潰されたり蹴られたりすると心が痛むけど、演出としては最高だなと思いながら観てました。都合よく浪費される善人の心と労働者と、ペットボトルの水。水売りのワンのセリフが思い出されますね。晴れたら飛ぶように売れる水が、雨の日は全く売れない。

 

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ブレヒトの戯曲に触れるのは初めてで、異化効果という言葉を聞くのも初めてでした。客降りや休憩前と終演前におじいちゃんが話しかけてくる演出で客席と舞台上との壁が取り払われて一体になる一方で、シェンテやシュイタたちがこちらに語りかけてくるシーンを思い出すと、舞台上と客席が一体になるという表現は少し違うような気がしました。もちろんこちら側に限りなく近いんだけれど遠くもあるような、不思議でした。パンフレットを読んで、白井さんはシェンテが語るところのピンスポや時々聞こえるハウリングのようなノイズ音を使って異化効果の強調をしたかったのかなと考えました。そして戯曲自体で言えば、ラストの神様が呑気に歌いながら去っていく中でシェンテが助けてください!と叫ぶシーンは違和感の塊でしたね。神様はそれでいいの?とかシェンテを救えはしないの?とか、頭の中の疑問がMAXになるシーンなんだと思います。このブレヒトの異化効果、すごく興味深かったし勉強になりました。

 

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主演の葵わかなちゃん、歌が上手でとにかく声が綺麗でほんとうにキュートでした。そして2役で女性と男性を演じるのってすごい。もちろんシェンテのときのキラキラした笑顔とか断りきれなくて困ってる様子とか、表情がコロコロ変わっていくのも素敵だったんだけど、シュイタのときの感情を抑えて口をグッと横に閉じている表情が印象に残っています。

そして木村達成のオタクなのでここからは木村達成を褒めまくるターンにはいります笑 まず第一声、失業者が煙草を求める声を聞いて木村達成だ!と思い、煙草吸ってる顔をこちらに向けてくれて木村達成だ!と思いました。木村さんとの出会い、忘れられないです。この失業者のときってヤンスンより声が高めなんですよね。それで私はとにかく煙草を吸ってる木村達成が見られたことが嬉しくて。この後もヤンスンが煙草吸いながらシェンテと話すところがありますが、見ながら、1年前は彼に煙草の煙吹きかけられてむせてたのにな、、、(スリルミー)と感慨深くなってました。ヤンスンとしての初登場は雨の日、首を吊ろうとしているシーン。縄を木か何かにかけようとするけど届かなくて頑張ってる顔がとってもキュートでした。そしてシェンテを見る目は虚無、というかなんの希望もない目をしていました。一転してシェンテと出会ってからは目つきがギラギラしてて、悪い男なのにとても魅力的で、ずるいよ木村達成。もうとにかく厄日の歌が大好きです。厄日の歌、歌が上手いのはもちろん、表情がすっごく好きで、もうめちゃくちゃ笑顔じゃないですか。笑顔というか笑い顔の方が正しいかな。気持ちいいくらい全てを笑い飛ばしてて、で今日は厄日だって言った後の笑い方も好き。ほんでヤケクソ感もあって、好きなんですよ。でも途中の一番鶏は鳴かないって言うところが嘲笑っているようでもあり、諦めているようでもあり、寂しさも感じて、この落差でグッと引き込まれましたね。兵庫初日もめっちゃ良かったけど大楽の厄日の歌はとにかく迫力とか勢いとかがすごくて圧倒されました。大楽だから喉やってもいいや!であの歌とお芝居になるのか、木村達成ってなんて役者なんだ、と思いました。あと大楽の厄日の歌の後に途中で落としたゴーグルを拾ってヤンママに、こんなところにあったぞ!これ俺の大事なヤツなんだ!って言ってたのが心にきましたね。ヤンスン、やっぱり飛行機に乗りたいんだよね。で、終盤シェンテの泣き声が聞こえて警察を呼んだときのヤンスン見てると、シェンテを利用してはいたけど愛してもいたんだと思いました。大楽の八頭目の象はめっちゃ木村さんの声が聞こえてきてびっくりしたのを覚えてます。あとは髪型ですね。髪の毛切ってなかったから髪の毛下ろしてるのと、ハーフアップお団子と、ローポニーからの結んでるのほどいて前髪かきあげるのが見られてテンション爆アゲでした。ここまで長いロン毛って貴重じゃん、、。

今回木村達成さんの生のお芝居を見て、この人ってほんとに舞台上で輝く人なんだなって心の底から思いました。もう絶対舞台辞めないで‼️

余談ですが、東京に住んでてモーツァルト!観劇きっかけに舞台を色々観てみたいと言った友人にセツアンを薦めてみました。そしたら木村さんめちゃくちゃ良かったら次の舞台も観たいって言ってくれて!カタシロの話したらカタシロのチケット取って観に行ってくれることになりました😭そのくらい舞台上の木村達成って引力が強いんだなとすごく感じました。

 

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セツアンの善人、絶望を突きつけられて、ほんの少し希望を与えられて、外に出て空を見上げたら青空が広がっていました。素敵な作品をありがとうございました。

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『空中ブランコのりのキキ』、青春の煌めき

 

8月9日と8月10日、世田谷パブリックシアターで音楽劇「空中ブランコのりのキキ」を観ました。

昨年のスリルミーがきっかけで松岡広大さんを知り、松岡さんの生の演技を見てみたい!と思い観劇することにしました。正直な話、咲妃みゆちゃんのことも松岡さんのことも瀬奈じゅんさんのこともよく知らないし、原作も読んだことないし、で、もちろん楽しみにはしていたけど観劇前の期待値やワクワク度はそこまで高くなかったです。でも幕が上がるとあの世界に惹き込まれていって、セリフ一つ一つが心に刺さって、泣いて、笑って、驚いて、予想以上に心に残ってキラキラした思い出になる作品でした。

この感情をどうしても残しておきたくて、書き起すことにしました。拙い文章ですが読んでいただけると幸いです。

 

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舞台セットや衣装が特殊だったなと思います。幕が半円に切り取られていて、その半円の部分に重なるように月の幕がありました。俳優さんたちが幕をくぐって出てきたり、月の裏側に行って影絵になったり、半円のところに手が伸びてきたり、!秘密基地のようでワクワクしました。あんな幕の使い方もあるんだなとも思いました。

三兄弟のお家も不気味さと可愛さを兼ね備えていて、少し前の原宿ファッションを思い出しました。かわいい!

そしてこれは舞台セットではないけど、バミリがカラフルでとってもかわいかったです。一番ときめきました。分かりやすくするためにカラフルになっているんだろうけど、客から見えてもこの世界に馴染むように明るくて鮮やかなピンクやオレンジのバミリ、素敵だったなあ。

衣装も全員可愛くて、やっぱりキキの衣装が素敵でした。真っ白で華やかでふわふわしていて、一際目を引く衣装だったな。

ワクワクしたのは瀬奈じゅんさんの衣装!語りのときの青いドレス、青いマントを被るとおばあさんに、マントを裏返すとピンクになって、サーカスの団長になるのがとても面白かったです。冒頭のシーンで「今からおばあさんになりますからねー、ちょっと待っててくださいねー。」と言いながらマントを被っていたのが印象的でした。

 

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出てくる人物みんなが愛おしかったです。キキの最初のセリフ

みなさん!はじめまして!わたし、キキです!空中ブランコのれの、じゃなくて、空中ブランコのりのりの、じゃない、あの、わたし、空中ブランコのりのキキです!

って言ってたのがほんとうにキュートで、一瞬でキキのこと大好きになりました。咲妃みゆちゃんのお芝居を観るのは初めてで、マチルダやカムフロムアウェイでのしっかりしたお姉さんのイメージが強かったから、可愛い少女のキキがとても新鮮でした。(マチルダもカムフロムアウェイも観てないので、ゲネプロの映像見た印象だけど、!)そしてビラ配りするキキもめちゃくちゃ可愛い。

なんか、みんなもらってくれる!やさしい!にこにこしてる!よかったー

キキの周りにお花が咲いてた。原作を読まずにあらすじだけ頭に入れて観たので、キキは空中ブランコのりという立場に囚われてしまって、その結果鳥になってしまった可哀想で愚かな子として描かれるのだと思っていました。でも観てみると、空中ブランコのりとしてのキキの生き方も、ロロの考え方も全部否定せずに包み込んでくれるようなお話でした。

松岡さんのロロは、想像以上にひょうきんでした。元気いっぱいで、魅力的で、底抜けに明るい。けどその奥には寂しさや悲しみを抱えていて、、。とにかく松岡さんってこんな演技するんだ!と衝撃を受けたし、もっと色んなお芝居を見てみたいと強く思いました。

ピエロのユーモアだけが、世界じゅうのかなしみを笑わせることができるのさ……

っていうセリフから、ナナを失って故郷を離れて色々な街を転々とする生活が始まったロロは、ピエロになることで自分の悲しみも癒していたのかもしれないなと、思いましたね。

三兄弟はギャグシーン多くてかわいいんだけど、ふとした瞬間に寂しさを感じていて、人間ってこうだよなと思いました。感情って案外コロコロ変わるもので、私ずっと、例えば物語の上で誰かを恨んでいるキャラクターがいたとしたら彼はずっと恨みの感情を持っていなければいけないと思い込んでいたんだけど、実際そうではなくて、三兄弟はキキやロロと話してサーカスを見て笑ったり楽しい気持ちになったりするけど、ふとした瞬間にお客さんがこない寂しさを感じて不幸せだと思うことにめちゃくちゃ共感したし、新たな気づきでもありました。(ハムレットのときはこのことに気づいてなかったから解釈するの苦しい部分がいくつかあった気がする。)ほんとに優しい殺し屋って言葉が良く似合うね。人殺し三兄弟は人を殺すのを仕事にしてるけど、だからといって死にたくない人を無理に殺そうとはしない。ロロが俺は誰も恨んでないから殺したい人なんていないと言ったら素敵だと言うし、綱渡りの男が死にたくないと言ったら死んじゃだめだと言うし、キキが4回宙返りをすると知ったらそんなことしたら死んじゃうよ、心配だと言うし、ほんとうに優しい子たちだと思いました。彼らは殺し屋としては役立たずだけど、それでいいというか、彼らには人を殺してほしくないなとも思いました。

ピピはキキよりも幼くて儚い印象でした。話していないときは12歳くらいの、ほんの少し大人に近い少年みたいだけど、話し始めると8歳くらいの無邪気な子供みたいで不思議。

象は、象をやってるときの松岡さんの表情に心打たれました。慈愛というか、母親みたいな目をしていたのがとても印象的だったなあ。この場面での空と海の子守唄がめちゃくちゃ好き。

キキとピピは正反対の生き方をしている人物だと思っているんだけど、キキ・ロロは昼でピピ・象は夜という印象を受けました。セリフの数とか舞台証明とか違うからどうしてもそういうイメージにはなってしまうのかなあ、、。

 

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キキとロロの関係性がめちゃくちゃほんとに大好きで、観劇後数日間は思い出し泣きしちゃうくらいでした。キキとロロって能力や性格、考え方が正反対で、でもお互いが一番近くにいるんだよね。 失敗したら死んでしまう、失敗は許されない空中ブランコのりと失敗すればみんなが笑ってくれる、失敗こそが成功であるピエロ。人見知りのキキと誰でもすぐ仲良くなれるロロ。殺して欲しいと願う人も居るだろうと思うキキと殺して欲しいと願う人なんていないと考えるロロ、など。

ロロの最後の

おうえん、できない、だけど、おうえん、する。

このセリフ大好き。私は考え方がロロ派だから、すごく共感しました。キキには生きててほしいから、キキとロロにはずっと一緒にいてほしいから、キキが4回宙返りをするのは応援できない、応援したくない、けど、キキが4回宙返りをしたいと願うならそれを否定はできないしその気持ちを尊重したいし応援する。キキが拍手を貰えないところは見たくないけど、だからといって無理に4回宙返りをやってキキが死ぬのはもっと嫌だと思いました。

そして、ロロは「空中ブランコのりのキキ」ではなく「キキ」を見ているのかもしれないですね。ナナを失ったから生きていればそれでいいという考えになっているのはもちろんそうだけど、空中ブランコのりであることに存在価値を見出しているキキに対して、ロロはキキ自身に存在価値を感じているのかもしれない。

この2人の関係ってヤマアラシのジレンマにほんの少し似てる気がします。うーん違うかも、分かんない。

キキが4回宙返りを飛ぶ前の

キキ、とロロ、ずっと、いろんな、世界、いろんな、姿、でいつも、いっしょ、だった。そう、感じる。だから、きっと、また、いっしょ。

わたしも、そう思ってるよ……

のところで涙と感情がいっぱいになった。私たちはキキが鳥になってしまうことが分かっているから、キキとロロの別れじゃなくて姿が変わってもキキとロロが一緒にいることを予感させるようなセリフで心が救われました。最後もロロとパフォーマーの皆さんと、奥の方に白い鳥が羽ばたいていて、ここでも涙が、、。悲劇喜劇を手に入れて発見したんですけど、ラストのト書きに

美しくはかないサーカスの情景。

それに誘われるように、老いたピエロのロロがとぼとぼと歩いてくる。

鳥が現れると、元気を取り戻すロロ。

ロロと戯れる白い鳥。

って書いてあるんですよ!キキとロロ、ずっと一緒だね、めちゃくちゃ嬉しいです。

とにかくキキとロロの2人が大好きだから、ずっと一緒にいてほしいなあと願ってる。

 

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ピピは何もしなくても人から愛されて、それでいいんだよと思う反面、ピピから生まれた噂に尾ひれがついて、ピピが3回宙返りを決めたという噂をキキが聞いたせいでキキは鳥になってしまったという悲しさもありますね。けれどその悲しみは私たちだけのものであって、キキは最期に4回宙返りを飛びたいという気持ちに気付けたから良かったのかなとも思ったりして。いい意味でモヤモヤしてます。噂っていつの間にか尾ひれがつくもんだし、ピピもキキも悪くないし、キキにとってはいい結果になったから、しょうがないというか、なんというか。

キキが最後に飛ぶ前の言葉

それでもワタシは、今、飛びたいと願っている。なんの意味もなくていい、役に立たなくてもいい。美しくなくたって、かっこ悪くたっていい。誰の拍手もいらない。ワタシは飛びたい。それだけ。

この、自分が飛びたいから飛ぶんだっていう気持ちがほんとうに分かる。でも、それまでのキキの拍手を貰いたいから飛ぶっていう気持ちもよく分かります。自語りになっちゃうんですけど、高校の吹奏楽部の引退公演で自分たちがこういう演奏会したいからやるんだって気持ちとお客さんに拍手貰えたらとっても嬉しいって気持ちの両方でやってたので、ちょっと重なるところがありました。なんか、今、ずっと他人軸で生きてきたキキは最後に自分軸で生きることができたんだなってすごく思いました。

 

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最後に。もうこれは観てからずっと思ってるんですけど、

空中ブランコのりのキキって、青春みたいだな

って。単純に自分の高校時代と重なったっていうのもあるけど、他人の評価を軸に生きてるのって若者が多いと思うんですね。特に中高生。だし、4回宙返りを飛ぶんだと決めて私は空中ブランコのりのキキだからと言ったキキの輝きって、青春のキラキラと一緒なように感じました。その眩しさが一瞬で過ぎ去ってしまう儚さも、青春みたいだなって。観劇後、なんだか背中を押された気分になりました。生きていこうって思えましたね。

私が観劇した8月9日は公演中に地震があって、途中40分ほど中断してしまいました。それもあって頭がこんがらがって不安なまま続きを観たんですけど、カテコで笑顔の皆さんが出てきたときに、無事に終わることができたんだと実感して一気に涙が出ました。舞台装置もパフォーマンスも危険なものが多く厳しい状況だったと思うのですが、あの日の公演が無事に終えられてほんとうに良かったです。そして当日券が出るということで予定を変更して次の日も観に行っちゃいました。ギリギリ18歳なことに感謝して、ありがたく、当日券で入りました。この作品が今でも夏の思い出として、キラキラしていて、大切なものになっています。改めまして、役者の皆さま、パフォーマーの皆さま、そして空中ブランコのりのキキに関わったすべての皆さまほんとうにお疲れ様でした。ありがとうございました!

 

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ここからは作品のことじゃなくて、世田谷パブリックシアターの話をしますね。世田パブに行くのは初めてだったんですけど、もう大好きになりました。三軒茶屋駅直結で、結構栄えてる商業施設と一緒になってて、生活の中に劇場があるなんて、なんて素敵なんだと感動しましたね。都会だとそういう施設多いんだと思うんですけど、田舎出身なので余計に感動しました。それで中もかわいいんですよね。壁が石の城っていうか、岩切出したみたいで、天井は青空で、秘密基地みたいでわくわくしました。あと、舞台と座席の距離が近くって良かったです。座席の前が狭いとか、2階3階は結構落ちそうで怖いとか、カーブがきつくて端席だとまあまあ見えにくいとかあるんですけど、それを吹き飛ばすくらい素敵な劇場でした。東京だから滅多には行けないけど、お気に入りの劇場になりました。🫶🏻

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三軒茶屋駅から世田パブまでの地下道?にたくさんのポスター🥰
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こちらはセツアンの善人、セツアンも楽しみ
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レミゼも!

最後まで読んでいただいてありがとうございました🙇🏻‍♀️